怒りのミカン The Angry Oranges

2017年07月

今回の帰国の大きなミッション(大げさ)、
【パスポートを作り変える!】

もうね、離婚して6年もたつのに
パスポートの名前は元夫の姓(英国姓)のままのを使用。

離婚当時、あと8年も使えるパスポートを、
わざわざ金と時間をかけて買い直したくなかったし、
女ばかりが離婚による姓変更でわずらわしい手続きに
おわれることに対する、
ささやかな抵抗もあって
ずっとそのまま使い続けていた。
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しかし近年、さすがにもう元夫の姓なんて
遠き日の幻となり、
まだパスポート上では自分の名前が
英国姓なことなんかもすっかり忘れて、
「森知子」の名前で
航空券を買ってしまうミス多発。

そのたびに面倒なことになって
今年3月、
シチリアからサルデーニャ島に飛ぶ時も
Ryanairのオンライン・英語チャット窓口であーだこーだ、
30分ぐらいかけあったあげく
(「離婚証明書を持参すればOK」「そんなのムリです、私の国は日本、時間がない」……etc)

結局手数料を払って
航空券の名前を書き換えてもらったんだけど
「早く今の苗字で作り変えたほうがいいですよ、パスポート」
と説教されたのでした。

おまけに、
古くなったパスポートの中身は
スタンプやビザが増えてきて
国境を超える時に、人よりチェックに時間がかかるのも難点。

全然関係ないとこペラペラめくられたり、
「へーー、あんた、ナゴルノ・カラバフ共和国
行ったんかい?」
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って言われるぐらいはいいけど
パスポートなんて、スタンプが少ない方が国境スムーズよ、とにかく。
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で、帰国後の4月、やっと鹿児島で
パスポートを作り変える機会に恵まれ、
せっかくだからついでに
この世の終わりみたいにつまらなそうな
我がパスポート証明写真も何とかしようと
今回は自撮り+コンビニ印刷で挑戦。
(安上がり200円♪)

家の中の明るい場所かつ無地の背景を
探し求めてスマホに向かい、
何度も何度も、
テイク20ぐらい撮り直して完成。
プラス
かなり苦労してシワ修正なども施して
何とか耐えられそうなものにした。

そして戸籍謄本なども
郵送で東京から取り寄せ、
バスに乗って山を降り
やっとこさパスポートセンターへ。
すると窓口の熟年女性が

あのー、この証明写真ですけど、
前のパスポートのお写真と比べると、
口の少し右上のホクロが映っていないみたいなんですけどー


とおっしゃる。
「え? そーですか? あー、
だとしたらそれはメイクっていうか
日焼け止めクリームとか
そんなので薄くなってるんだと思います」

「なるほど、そうですかー」



それでその場はおさまった。
しかし
パスポートの受取5日前に今度は
その熟女係員から電話がかかってきた。
「写真なんですけど、これ携帯で
ご自分で撮られましたね? というのも
ホクロが反転しているんです」

と指摘され、再提出を求められた。

結局、町なかにある証明写真ボックスで
撮り直し、
またひどい顔になるも、審査は合格。
そしてまた、新たな仏頂面と10年。。。
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みんな、パスポート写真を自撮りする場合は、
シワや目の下のクマ修正だけでなく、

反転処理も忘れずにね!!!!






チャオ!



この話には続きあり。近日更新







2ヶ月だけ、
高級リゾートホテルのフロント係 in 熱海。  
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もし、自分に得意分野みたいなものがあるとしたら
今回も、まったく自分の得意分野を発揮できないタイプのアルバイトだった。

ホテルのホームページには英語版もあったり、
「最近、熱海を訪れる外国人観光客が増えているらしい」等の噂をきいたりして
「外国語のひとつぐらいは生かせるのでは?」
と期待したけれど
去年の伊香保温泉同様、その機会はほぼ得られなかった。会社の中に入ると
そこは厳しい日本人社会という印象を受けた。

そんな現場でわてはまた
慣れないストッキングをはいて
ワンピースを着て髪をひっつめて、
「ゴチョーショク」だの「ゴユーショク」だのと
噛み噛み敬語に苦戦。
しかも今回は、
フロントのソファーに座るお客様(神様!)の傍らに
よいしょとひざまずいて
昔の英国人の求婚のごとく
チェック・インを行わなければならなかった。
のん気なイタリア帰りには苦行だった。

そんで痺れた重い膝を上げて
お客様をエレベーターに乗せると
「それでは3階のお部屋まで、行ってらっしゃいませ〜〜」
とかいって、自分はお客様のスーツケースを抱えたまま猛ダッシュで脇の階段をかけ上がって、
エレベーターより先に3階に到着し、
「お疲れ様でございました〜〜♪」
っと、やや過剰な敬語で
息切れがバレないように言い
涼しげに微笑まなければならなかった。

その他、
電話応対やら細かい事務作業やらも含めて
要求されることがわての能力を超えていて、
ミスの連続。

「もーーーぅしわけございません!」
と、何度
『HOTEL』高嶋弟ばりの90度敬礼で、
お客様、いや、特に上司に謝ったことでしょう。

張り切って離れの客室に
内線電話で頼まれたアイロン台とアイロン本体を担いで届けに行ったら
「そのアイロンじゃなくて、ヘア・アイロンが欲しかったんですーぅ」って、濡れ髪のお客様に言われたりしてね。


しかーーーし、
寮から見える熱海の海や山、町並みは一瞬で気に入ったし、
寮は完全ひとり暮らしだったから毎晩よく眠れたしイタリア映画もたくさん観れたし、
山の手にあるホテルにはヤギやらアヒルやらもいて癒された。
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そして何より素晴らしい仲間や先輩(パイセン)たちに恵まれたことも! 

同じ寮には日本人だけでなく、
ネパール男女やベトナム女子もいて、
若い彼らとすぐに友達になれた。
みんなで過ごした時間がとても楽しかった。
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わては今まで世界70カ国以上を旅してきて
数知れない異国の人たちにお世話になっている。それだけに今回は、
「わが国ジャパンに来てくれてありがとう!
少しでも、厳しい社会で頑張っている彼らの力になれたら……」
という気持ちでいたけれど、
聡明な彼らにこっちが助けられるばかりだった。

ありがとう、みんな◎◎

熱海を去る前日、
たった2ヶ月で転校していくわてのために
お別れ会を開いてくれた彼ら。
(↓ 準備中!)
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「モリサンは、家がないから、なにもあげられない、だってあげても置く場所ナイデショー? だからビデオを作りました!」
って、
思い出のスナップとメッセージが詰まったビデオをプレゼントしてくれたよ。


………あれ、
何で何も期待してなかったジャパンでこんな結果に?
っつーぐらい、今回は
思っていたよりも
ずっと充実した2か月になった。


『お疲れ様でございました〜〜♪』


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さ、
これで悔いなくまた旅人に戻れるよ。


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チャオ友よ、また会おうね♪






















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